葬式のあとにかけるお清め塩の意味は?正しい使用方法なども解説

葬儀に参加したあとには体に塩をかけますが、これは家に不幸を持ち込まないようにとお清めするためです。葬儀に参列したあとに、手渡される会葬礼状には「お清めの塩」が封入されていることが多いでしょう。この塩をかけてお清めする方法はどのように生まれて、どのような目的なのか、正しい使用方法が分からない方も多いと思います。今回は、葬式のあとにかけるお清め塩の意味や、正しい使用方法をご紹介します。

 

なぜ葬式のあとに塩をかけるの?

通夜や告別式などの葬儀に参加すると、「お清めの塩」が配られることが多いですよね。最近では配られないことも増えていますが、なぜ「塩」が配られるのでしょう。

この習わしは、神道の考え方から来ているといわれています。死は穢れたものと考えられ、それを清めるために「塩」が使用されました。

どうして塩なのかというと、昔は現在のように水道がなく、水は貴重なものでした。葬儀に関わると穢れに関わることとなると考えられ、葬儀の帰りに海や川で禊をしたり、手を洗ったりしました。水が近くにない場合、海水の代用として、塩が使用されたといわれています。塩は海水から取り出しますので、海水の代用となると考えられたのです。

塩は不浄のものから体を清めるため、穢れを洗い流すという意図で用いられているのです。

 

葬式に行ったあとのお清め塩の使用方法

葬式に参列した際は、穢れを自宅に持ち込まないためにお清めの塩を使用します。

葬儀に参列していない人が自宅にいる場合には、その人に声をかけて外に出てもらい、体に塩をふりかけてもらいます。

肩、背中、足と全身を塩で清めましょう。自宅に誰もいない場合は、ご自身でお清めの塩を肩から背中にかけて体を清めます。

このお清めの塩の使い方については地域や風習によって違いがありますから、必要以上に使用方法を気にする必要はありません。

 

火葬場から葬式会場に戻ったときのお清め塩の使用方法 

火葬場から葬式会場に戻る場合、多くの場合は葬儀社がお清めの塩を用意しています。

一般的には用意された塩で手を清め、用意された水で洗い流す場合が多いです。

また、葬儀会場の入り口にあらかじめ塩をまいておき、その上を歩いてもらうことで清める方法を用いる場合もあるようです。

こちらもまた、地域や風習によって違いがあります。たとえば、浄土真宗の葬儀では、塩の代わりにおしぼりが使用され、おしぼりで手を拭いて清めるとされています。

 

葬式会場から自宅に戻ったときのお清め塩の使用方法

葬儀会場から自宅に戻った場合は会葬礼状にお清めの塩が封入されていますので、この塩を使用しましょう。会葬礼状など葬儀会場で、塩をもらわなかった場合は自宅にある塩を使います。葬儀に参列する際は、念のため玄関先に塩を用意して出かけると良いかもしれません。

お清めの塩の使い方は、簡単にいえば帰宅した際に汚れを祓い体を清めることを目的として体にふりかけて使用します。

細かな方法がないわけではありませんが、肩から背中にかけて塩をさっとふりかけて使用するといいでしょう。

 

必ず玄関に入る前にお清め塩をかける

清めの塩は、玄関を跨ぐ前に使用します。玄関を跨いでしまうと穢れを持ち込むことになるといわれているからです。穢れを持ち込まないように玄関を跨ぐ前に塩を使って体を清め、穢れをはらいましょう。

まずは玄関先で会葬礼状などに封入されている塩を使い清めます。手元に塩がない場合には家族に声をかけ、塩を玄関先に持ってきてもらいましょう。

一人暮らしなど家族がいない場合は、コンビニエンスストアなどで購入するなどの方法もありますが、それほど気にする必要はありません。

 

順番に体にかける

清めの塩を使って体を清める手順は次の手順になります。

 

  1. 塩をひとつまみ取り、胸にかける。
  2. 再び塩をひとつまみ取り、背中にかける。
  3. 最後に再び塩をひとつまみ取り足元にかける。

 

このように胸、背中、足元と3カ所に分けて穢れをはらうのが一般的な手順です。

地域によっては足元だけを塩で清める地域もありますから、強くこだわる必要はありません。体の前側、体の後ろ側、足元をそれぞれ清めると覚えておくといいでしょう。

 

洋服についている塩をはらう

清めるために使った塩は、洋服についています。自宅に入る前にその場で軽く手ではたいて塩をはらいます。

「胸を塩で清め、手ではらう→背中を塩で清め手ではらう→足元を塩を清め手ではらう」といった手順で行えば問題ありません。ひとつまみの塩ですから、量的には、たいした量ではないでしょう。

さっと手ではらうことで、洋服に付いた塩は取りはらえるはずです。塩には清めの意味がありますから、仮に洋服に塩が少しばかり残ったとしても問題はないでしょう。

 

足元に落ちたお清め塩を踏む

地域によっては、玄関先にあらかじめ塩をまいておき、それを踏むことでお清めを行う地域もあります。

体を清めた塩は振りはらわれ足元に落ちることになりますが、この塩を踏むことも、体を清める意味を持っています。

お清めの塩と同じように「盛り塩」というのがありますが、この「盛り塩」には、「招客」と「穢れはらい」の2つの意味があるといわれています。

玄関先に穢れをはらった塩が残ることは、清めの意味があることなので気にすることはありません。

 

お清め塩を忘れてしまった場合は?

葬儀に参列してお清めの塩を貰い忘れたような場合でも、慌てる必要はありません。

お清めの塩はそもそもが風習なので、宗教上は、神道以外は関係がないともいえるのです。

たとえば、キリスト教の場合は、聖水で手を清め、浄土真宗では、塩で清める行為をしません。このように塩を使って体を清める行為は風習であり、それほど気にする必要のあるものではないのです。

 

お清め塩が入ってなかった場合は?

葬儀に参列して会葬礼状をもらったのに、その中にお清めの塩が入っていない場合も少なくありません。故人の宗派によっては、塩を使って体を清めることを必要としない宗派もあるからです。

それでも、古くからの風習ですから気になる人もいるでしょう。

お清め塩が入ってなかったとしても、慌てずに玄関先まで家族に塩を持ってきてもらえば問題ありませんし、近くのコンビニエンスストアで購入することもできます。

また、一度塩を取りに家に入り、再び玄関先へ出て塩で清めれば問題がないともいわれています。

お清めの塩は海水100%で作られた塩です。つまり、「伯方の塩」・「瀬戸のほんじお」なども同じものといえるので、普通の塩で身を清めても問題ありません。

 

お清め塩を使わない場合も

お清めの塩は風習の一つです。風習とは、地域ごとにできた社会生活上の習わしやしきたりを指すので、お清めの塩を使う地域もあれば、使わない地域もあるのです。合わせて、宗教によってもこの考え方は違います。

世界的に見れば、塩を使って清めるのは日本的な考え方といえます。欧米では異なる考え方をしますから、広い視野で考えればお清めの塩を使わない場合の方が圧倒的に多いのです。このように考えれば、それほど気にすることでもないことだと分かります。

 

宗派による違い

宗教によって清めの塩に対する考え方の違いが明確なのが、浄土真宗です。浄土真宗では、死を穢れた不浄のものとする考え方をしません。よって、清める必要がないものとなっており、お清めの塩は必要がないのです。

同様に、仏教も死を穢れとはしていません。そのほか、キリスト教では塩が不浄なものを洗い流す力を持っているとは考えられていません。

このように宗教上や宗派の違いによって考え方が全く違うのです。

お清めの塩を使用するのは、神道で死を不浄のものと考えることから生まれているので、全ての宗教に当てはまるわけではありません。

 

地域による違い

お清めの塩を使用することには宗教上でも違いがありますが、地域による違いもあります。たとえば、石川県の一部の地域では米糠をお清めの塩と一緒に使用する風習があったり、

そのほかにお米や味噌、大豆、魚など食べることで、お清めを行う地域もあります。食べることで、お清めを行うのは少し意外ですが、実は広く行われていることなのです。

葬儀中に振舞われる食事もその一つといわれています。このように、お清めの塩に対する考え方は地域によっても違いがあるのです。

 

お清め塩が余ったときは?

お清めの塩を使って体を清めた場合、どうしても塩が少しだけ残ってしまいます。葬儀で頂いた塩なので、捨てても大丈夫なのか?など考えてしまいますが、余ったお清めの塩は捨ててしまっても問題がありません。

それでも捨てるのはちょっと……と考えてしまう方は、水に流す方法があります。そのほか、庭先にまいてしまうのもいいでしょう。塩は海水から作られていますから、自然に戻すのも一つの方法です。

 

まとめ

「お清めの塩」を使用することは、神道の考え方から生まれました。神道では死を不浄のものと考え、葬儀に関わることはその穢れに関わることと考えられたため、その穢れをはらうために用いられたのが「お清めの塩」なのです。

死のとらえ方は地域や宗教によっても異なるので、お清めの塩は絶対的な風習ではありませんが、葬儀に参列して「お清めの塩」を頂いた際は、この記事を参考に使用してみてください。

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